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 志摩燐をお休みして、雪燐SSです。

 書きたいものを詰め込んだつもりですが、グダグダになってしまいました。結局何が書きたかったのか本人もわからない…。とりあえず、幼少期の風邪ネタは書きたかった。

 なんとなく、雪男がどんなに風邪を引いても、そばにいる燐はケロッとしているイメージです。風邪で体温の高い雪男が、涼を求めて(?)隣で寝てる燐を抱き枕にしているといい。



 ↓




::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::





 体が痛くて熱い。
 自分がきちんと地面に足をつけて立っているのかすらわからないほどに、感覚がおかしい。体が重い。

「雪男!」

 兄の焦った声。
 確か、以前はよく聞いていた声。

 なんとか寮の部屋までたどり着いたものの、雪男の意識はそこで途切れてしまった。










【初恋】










 高い声が雪男を呼ぶ。
 痛い、熱い、苦しい。
 目を開けることがひどく億劫で、雪男を呼ぶ声と自分の呻き声だけが耳に響く。
 ひんやりと冷たい手が雪男の頭を撫でた。
 その手は柔らかくて、小さくて。熱に侵された頭には心地いい。

「大丈夫だ。俺がついてるからな、雪男」

 雪男はうっすらと青みがかった目を開けた。
 ぼんやりとした視界に燐が映る。

「兄、さん…?」
「うん。雪男、すぐに治るからな。もう少しがんばれ」

 こんなにも苦しいのに、燐はなんでもないことのように言う。
 雪男は直前までの痛みと熱を忘れて燐を見上げる。

「大丈夫だ、雪男」

 燐が笑うと、それだけで恐怖が払拭される。苦しいのなんて嘘のように、ただ心が軽くなる。
 それは、ぶ厚い雲に覆われた雪景色に射す太陽のように。










「……きお、ゆきお、雪男!!」

 ひどく身体を揺さぶられて、雪男はゆっくりと目を開けた。
 身体がだるくて、頭が重い。
 起き上がろうとして、関節に走った痛みに呻く。

「大丈夫か、お前。熱があるぞ」
「そっか。風邪引いたのかな」

 雪男はベッドから起き上がろうとして、燐に止められる。

「まだ寝てろって」
「でも、明日の授業の準備があるんだ」

 再び上げようとした頭を捕まれて、枕に戻される。
 枕は柔らかいとはいえ、熱のある頭には結構な衝撃だった。
 燐は普段から乱暴だが、もう少し労わってほしい。

「お前、働きすぎだ。いいから寝てろ」

 雪男にしっかり布団をかけて、燐は部屋を出ようとする。

「兄さん?」
「粥作ってくる」
「え?お腹空いてないからいいよ」
「夜まだ食ってねぇだろ。食えよ。んで、俺が戻ってくるまで起きるんじゃねぇぞ」

 返事も聞かずに、燐は部屋を出た。
 雪男は溜息を吐いて、目を閉じる。
 随分昔の夢を見た。
 よく熱を出して寝込んでいた子供の頃の夢。
 あの頃は、目覚めると燐が自分の布団の中にいた。付き添いに疲れて雪男の布団に入ってきていたのだろうが、雪男がどんなに咳をしても高熱を出しても燐にはまったくうつらなかった。

「さすがにもう同じ布団に入ってくれないか」

 くすりと笑いがこみ上げる。
 ベッドで昔のことを考えていると、盆に食事をのせた燐が戻ってきた。

「起きて食えるか?」
「大丈夫だよ」

 にこりと笑って、雪男はベッドを降りる。
 少しふらついた体を、燐が支えた。

「危ねぇなぁ」
「ごめん」
「ほら、掴まれ」

 差し出された燐の手は、普段は熱いのに今はひんやりと感じる。

「熱いから気をつけろよ」

 燐の手を借りて、机に座る。
 一口目の粥は確かに熱かったが、耐えられないほどじゃない。

「うん。おいしいよ」
「あたりまえだ」

 自慢げに笑う燐が、夢と重なる。
 眩しいほどにまっすぐで、無垢な笑顔。その顔は、昔と少しも変わらない。

「なんか、子供の頃に戻ったみたいだね」
「ん?ああ、お前、よく熱出してたからなぁ」

 座った雪男を見下ろす燐は、兄の顔をしている。

「さっき、昔の夢を見たんだよ」
「そっか」
「そういえば、この粥、いつもと違う味がするね」

 雪男は粥をかき混ぜて、普段と違う味の素を探した。
 不味いわけではない。おいしいのだが、普段よりも若干苦味がある気がした。

「わかるのか!それな、しえみにもらった薬草が入ってるんだ。熱に効くんだと」
「へぇ」

 ところどころに小さな緑色が見えるのがそれだろう。
 卵粥が半分まで減った頃、燐が言いにくそうにもじもじとした。

「と、ところでさ…お前、好きな奴とかいんの?」
「は?」
「いや、その…」

 赤くなってそっぽを向く燐に、昼間の教室でのやりとりを思い出す。
 確か、しえみが雪男に好きな女の子がいるのかと聞いて。
 雪男が返答に困っていた時のことだ。

『そういうしえみさんこそ、好きな男の人がいるの?』
『え、いや、私は…』

 真っ赤な顔したしえみに、燐が割って入って結局話は中断したが。

「好きな人はいるよ」
「そ、そうなのか!?そ、それって、その…」
「しえみさんじゃないよ」

 わかりやすく、燐は顔を輝かせた。
 この粥に入っている薬草をもらった時もそんな顔をしたのだろう。
 突然、食欲が失せてしまった。

「そ、それって、初恋ってやつか」

 顔を真っ赤にして、それでも雪男から目を逸らさない燐を、雪男はどうしようもなく可愛いと思う。
 だから、つい本音が零れる。

「僕の初恋は、兄さんだよ」
「はぁ!?」
「だって、昔は僕が熱を出したらよく兄さんが看病してくれただろ。なんか、いつも落ち着けてさ」
「それは恋じゃねぇだろ」

 恋だよ。だって、一緒に布団に入って眠る燐に、どきどきしながらこっそり口付けしたこともある。
 心中は隠して、雪男はにこりと笑った。

「兄さんの初恋はしえみさんだよね」
「な、な、な!」

 赤い顔のまま、燐は後ずさる。
 あんなに態度に出ていて、いままで気づかれていないつもりだったのだろうか。

「兄さんも鈍いけど、しえみさんも鈍いから大変だね」
「ちょ、俺が鈍いってどういうことだよ」
「気付いてないの?」

 本気で不思議だと首を傾げる雪男の目がいつもより潤んでいるのを見て、燐は噛み付くのをやめた。
 相手は病人だ。

「僕は兄さんが好きだよ」
「はぁ?兄弟なんだから当たり前だろ」

 ほら鈍い。とは、雪男は言わなかった。

「しえみさんに伝わるといいね、兄さんの気持ち」
「ば、べべべ別に…そんなに好きじゃない」

 ごにょごにょと萎んだ声で燐は言うが、赤い顔が言葉を見事に裏切っている。
 今はしえみを好きでもいい。
 初恋は実らないと言うし。だけど。

「素直になりなよ、兄さん」

 甘い笑みはすでに愛しい相手に向けるもの。
 雪男はもう何度も燐に恋をしている。
 いまさら焦ったりはしない。

「ずっと僕だけの兄さんでいてね」

 燐の望む言葉だって、手に取るようにわかる。
 だから、燐の望む言葉を吐きながら、いつも心の中で違う言葉を呟く。



 いつかは僕だけの恋人になってね。




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