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 前回の志摩燐SSから一月…もっと早く完結させる予定だったのですが、ようやく志摩燐三部作が完結です。
 今回は「ちゅー」がテーマです(ちなみに二部は手を繋ぐこと、一部は名前呼びがテーマでした)。
 自分で設定しておいて何なんですが、志摩君の「燐」呼びに慣れない…。もう少し考えて書き始めればよかったです。反省。


 しげおさんがサイトの方でサーチ登録をしてくれました!
 閲覧してくださる方が増えて嬉しいです。感謝です。
 そして、拍手をしてくださった方もありがとうございます!励みにさせてもらってます!!







:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::










【君に伝えたい】










「じゃあ雪男、出かけてくるからな」

 朝からいそいそと準備をしていた燐が、机で教科書を広げる雪男に声をかけた。
 昼飯は用意してあるから温めて食べろよ、と雪男に笑顔を見せる。
 上機嫌な兄に、雪男は鉛筆を置き、身体を燐に向けた。

「兄さん、最近志摩君と仲がいいんだね」
「おう!志摩は友達だからな」

 雪男は微笑んだ。
 昔から人付き合いの苦手な燐に友人ができたことが単純に嬉しかった。

「そう。今日はどこに行くの?」
「水族館だ」
「え?」

 燐の言葉に雪男が固まった。それにつられて、燐の表情も固まる。

「水族館って…男二人で?」
「何か変か?」

 不思議そうな顔をする燐に、雪男は思案した。

「兄さん、水族館好きだったっけ?」
「初めてだから分からねぇよ」

 そうだ。雪男の知る限り、自分同様燐は水族館には行ったことがないはずだ。
 動物園なら、幼い頃藤本神父が連れて行ってくれたが。

「なんだか、それって、デートみたいだね」
「え?」

 雪男の言葉に、時間を指摘されるまで固まってしまった燐だった。










 色鮮やかな熱帯の魚。
 一糸乱れぬ群れでグルグル回る鰯の水槽は、宝石みたいで。
 巨大水槽ではエイやマンボウがゆったりと頭上を過ぎていく。
 しかし、水族館を回っている間中、燐の表情は冴えなかった。

「奥村君?水族館は嫌いやった?」
「い、いや」

 突然顔を覗き込まれて、燐は一歩下がった。
 無意識に距離をとった燐に、志摩は気づく様子もなく不思議そうに首を傾げた。

「なら、どないしたん?今日は元気あらへんね」

 燐はちらりと志摩を見た。
 待ち合わせから、燐は志摩の顔を直視できないでいる。

「………雪男が変なこと言うから」
「若先生?」

 燐はこくりと頷いた。

「若先生はなんて言わはったん?」
「志摩と出かけるの、デートみたいだって」

 志摩の目が大きく見開く。

「はは。変だよな、雪男のやつ」

 志摩の驚いた顔に、燐はほっとして笑った。
 やはり、雪男は考えすぎなのだ。
 男二人で水族館に行くぐらい、なんだというのだ。
 周りを見れば、確かにカップルが多いけれど。
 女の子のグループが時々こちらを見て、赤い顔をしているけれども。
 楽しければいいのだ。うん、気にならない。気にしない。
 燐は必死に言い訳をしていたが、頭上から降った言葉は簡単にそれを裏切ってくれた。

「いや、さすが若先生やなぁ」
「は?」

 固まった燐に、志摩はにこりと笑う。

「驚くことあらへんよ。最初にゆうたやろ、君が好きやて」
「だ、だってそれは友達になろうってことで」
「そないなわけないやろ」

 真剣味を宿した目の色に、つられて燐も志摩をまっすぐに見つめた。
 志摩が身をかがめる。唇に軽く触れる感触。
 ちゅっとリップ音がして、燐の顔が真っ赤に染まった。

「な、なななななな」

 言葉にならずに呆然と見上げる燐に、志摩は苦笑する。

「燐、嫌やった?」
「い、嫌じゃねぇよ」

 即答した燐に、志摩は心底嬉しそうに笑う。
 その顔に胸がぎゅっとなり、燐は混乱する。
 そういえば、なぜ自分は嫌でないと即答できたのか。

「い、嫌じゃねぇけど…」
「うん」
「恥ずかしいんだ」

 顔を俯かせて赤い顔で言う燐に、志摩は衝動を抑えることができなくて。

「ああ、もうっ!ほんっま可愛ええなぁ、燐」
「え、ちょ」

 ぎゅうと抱きしめられて、燐は慌てる。
 イルカのショーをやっているらしいこの時間。人通りが少ないのはいいが、ここは巨大水槽の前である。
 いつ人が通るとも知れない。

「は、離せ、志摩!」
「嫌や。なぁ、手ぇつないでまわろ?」

 燐は右手を掬い取られるが、とっさにそれを振り払う。

「い、嫌だ。お前、この間嘘ついただろ。男同士で手は繋がないんだ」

 映画を見に行った次の日。クラスメイトと話をしていて、彼らがひいていたのを燐は忘れない。本当に恥ずかしかったのだ。志摩はあっさり肯定した。

「せやな。男同士では繋がへんな。せやけど、恋人なら普通やろ?」
「え、こいび…」

 燐に目を合わせて、「な?」と志摩は笑う。
 赤い顔がさらに赤く染まった。

「嫌?」
「い、嫌じゃねぇ」

 ちゅっと頬で音がした。頬に残る柔らかい感触に、またキスをされたのだと気付く。
 怒ろうとしたけれど、志摩は再び燐の手を取る。次から次に起こる出来事に頭がいっぱいで、もう振り払う気力もない。

「よろしゅうな、燐」
「お、おう!」

 とりあえず、自分は志摩が好きなのだ。
 何事も頭で考えるより感情が先立つ燐は、桃色の髪と同じ甘い笑みを浮かべる志摩の隣に並んで歩いた。
 時々肩が触れる。この距離感は恥ずかしいけれど、不思議と気持ちは満たされる。

「志摩、イルカのショー見に行こうぜ」
「せやな。まだやってるとええなぁ」

 志摩の笑顔に、燐は胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。










「雪男、これ志摩からだって」

 ピンク色の包装に、苺とイルカのイラストが描かれている。
 缶の蓋を開けると、中はクッキーだった。

「なんか、礼だって言ってたぜ」

 雪男は二人の間に何があったのか薄々察してしまった。

「………兄さん」
「うん?」
「………おめでとうって言ったほうがいい?」

 ぼんと音がしそうなほどに赤くなった燐に、雪男は明日の塾で志摩の課題を二倍にする決意を固めた。



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